以前のがんの痛み治療
戦後から1980年代にかけて、世界中でがんで亡くなる方が増加しました。
日本も例外ではなく1981年から現在にいたるまで、がんが死亡順位の第一位を占めています。当時は、MSコンチンなどの長時間作用型の経口オピオイド鎮痛薬もなく、アヘン戦争などで培われたモルヒネに対する誤解や偏見も根強く残っていました。モルヒネは死の間際にようやく投与されていました。
患者さんは痛み治療も十分ないまま、最後まで治療を継続し、苦しい闘病を強いられていました。
日本で本格的に緩和病棟やホスピスが作られ、痛み治療が広く行われるようになったのは「WHO式がん疼痛治療法」が日本にもたらされてからでした。
「WHO式がん疼痛治療法」の導入
「WHO式がん疼痛治療法」は、1986年「がんの痛みからの解放-第一版」として世界に発表されました。1996年には第二版*が出されました。がん患者は痛み治療をがん治療と並行して受ける必要があり、患者の精神面-不安、恐怖、うつ状態、絶望感-社会面、死生観なども合わせて、患者の満足のできる痛みからの解放が必要であること、「がんの痛みは治療できる症状であり、治療すべき症状である」、「痛みからの解放は患者の生きる権利であり、医師の義務である」と訴えました。現在の日本の痛み治療は基本的に「WHO式がん疼痛治療法」の考え方を踏襲しています。
* がんの痛みからの解放-WHO式がん疼痛治療法-武田文和訳、金原出版株式会社、2000
「WHO式がん疼痛治療法」とは
「WHO式がん疼痛治療法」は「痛みの診断」、「治療戦略」、「鎮痛薬の使用法」、「鎮痛薬の選択」から構成されています。13項目にわたる治療の指針から治療の骨子となる9項目を以下に引用しました。
痛みのマネジメントについて
- マネジメントの第一段階では、詳しい問診とていねいな診察とを行い、痛みについて次の点を確認する。
- がん自体が原因となった痛みか、がんに関連した痛みか、がん治療による痛みか、併発症による痛みか。
- がん特有の症候群の一部としての痛みか。
- 侵害受容性の痛みか、神経障害性の痛みか、それとも両者が混在した痛みか。
- 痛みの治療は、説明から始めるべきであり、身体面へのアプローチと精神面へのアプローチが必要である。
これらのアプローチには薬による治療と薬以外の治療法の双方が用いられる。
- 痛みのマネジメントで大切なことは、次のような段階的な目標を設定することである。
- 痛みに妨げられない睡眠時間の確保
- 安静にしていれば痛みが消えている状態の確保
- 起立したり、身体を動かしたりしても痛みが消えている状態の確保
- がん自体による痛みは、適切な薬が適切な量で適切な時間間隔で投与されると、薬の使用のみによって十分な鎮痛が得られるのが普通である。
* がんの痛みからの解放-WHO方式がんの疼痛治療法-第二版より
世界保健機関編、武田文和訳、金原出版株式会社P40 一部改編
痛み治療の5原則
- 「経口的に(by mouth)」
モルヒネを始めとする鎮痛薬は、経口投与とすることがもっとも望ましい。
- 「時刻を決めて規則正しく投与(by the clock)」
痛みが持続性であるときには、時刻を決めて規則正しく投与する。頓用方式の投与を行ってはならない。
- 「除痛ラダーにそって効力の順に(by the ladder)」
鎮痛薬を除痛ラダーにしたがって順次選択していく。
除痛ラダー:痛みの「強さ」によって鎮痛薬を選択します(WHOラダ-)
- 痛みが強くないときには、非オピオイド鎮痛薬を使い、必要に応じて最大投与量に向けて増量する。
- 非オピオイド鎮痛薬が十分な効果をあげないときには、非オピオイド鎮痛薬に追加してオピオイドを処方する。
- コデインを始めとする軽度から中等度の強さに用いるオピオイド鎮痛薬が十分な効果をあげないときには、モルヒネをはじめとする中等度から高度の強さの痛みに用いるオピオイド鎮痛薬を代わりに用いる。
- 「患者ごとの個別的な量で(for the individual)」
鎮痛薬の適切な投与量とは、治療対象となった痛みが消える量である。その量は患者ごとに異なり、経口モルヒネについてみると、4時間ごとの反復投与における1回量が5mgから1,000mg以上にわたる。
- 「そのうえで細かい配慮を(attention to detail)」
患者にとって最良の鎮痛が得られ、副作用が最小となるように治療を進めるには、治療による患者の痛みの変化を監視し続けていくことが大切である。
* がんの痛みからの解放-WHO式がんの疼痛治療法-第二版より
世界保健機関編、武田文和訳、金原出版株式会社P41 一部改編