がんの“イタミ”と闘うプロフェッショナルたち


オレンジサークルの現場から 緩和ケアはがん治療の一部 意識を根付かせて、信頼を広げていく

File No.002 荒尾市民病院(熊本) 緩和ケアチーム(週刊新潮2009年5月7・14日号に掲載)
熊本県の北西部に位置する荒尾市民病院は、274の病床を抱える総合病院として地域に根ざした医療を行っている。平成20年2月には、厚生労働省の指定により、がん診療の中心的な役割を担う病院(地域がん診療連携拠点病院)となった。県北地域では唯一の拠点病院における緩和ケアチームの活動を紹介する。

「緩和ケア」というと、ホスピスでの終末期医療という“特別なもの“と思っていないだろうか。
荒尾市民病院では、1995年に「荒尾ターミナルケア研究会」を発足。当初は終末期医療に主眼を置いていたが、早期がんの痛みにも対応すべく、2001 年には「緩和ケアチーム」に改名した。リーダーは、外科・消化器病センターの濱口裕光医師(写真)。がん患者を診る機会の多い外科医を中心として、“どこでも誰でもできる緩和ケア”の実現に取り組んでいる。

早期からの緩和ケアを実現するために

外科・消化器病センター 医師 浜口 祐光氏

メンバーは外科医師、麻酔科医師、薬剤師、各病棟の看護師、PSW(精神保健福祉士)、放射線技師など、総勢17名。濱口医師は、「緩和ケアを普及させるためには、チームを育てるだけではなく、緩和ケアを病院全体に提供できるシステムの構築が重要」という。早期から緩和ケアを提供するには、いかにしてチーム以外のスタッフにも緩和ケアを普及させていけるかが鍵となるというのだ。
がん治療を始めたら直ちに緩和ケアを行えるようにしたい。そのために、まずは院内の意識改革をすることが必要だった。
緩和ケアの目的や薬剤についてまとめた「ポケットガイド」を全スタッフに配布、患者の症状や痛みを客観的に評価できる独自のシートを作成。誰もが適切な痛み治療を行える基盤を整備した。結果、ベッドで痛みに苦しんでいた患者が穏やかな表情を見せるようになり、初めは懐疑的だった医師たちの認識も変わっていった。

主任看護師 松山 美保氏

各病棟にも緩和ケアのマニュアルを整備することで、チームに所属していない医師や新スタッフにも知識が定着。現在では疑問点は周囲のスタッフで解決できることが多く、チームにアドバイスを仰ぐケースは少なくなったという。主任看護師の松山美保氏は、「目の前で苦しむ患者さんの痛みの対処法がわかるようになって、ジレンマがなくなりました」と語った。

PSW(精神保健福祉士)とは、精神障害者の抱える生活問題や社会問題の解決のための援助や、社会参加に向けての支援活動を通して、その人らしいライフスタイルの獲得をサポートする専門職です。

チームは黒子 患者に接するのは主治医

主任薬剤師 大久保 達也氏

チームでは各病棟に担当看護師を配置し、痛みが起こる可能性のある患者に対して常に目を配っている。週1回の会議では、患者のリストを元に情報を共有。痛みのコントロールや副作用について検討している。
以前はチームで回診をしていたが、長年の試行錯誤でこの体制に行き着いた。チームが主治医をサポートし、緩和ケアのアドバイスを送る。主治医が治療方針を直接伝えたほうが、患者には安心感があるからだ。薬剤師の大久保達也氏も、ふだん診察をしている主治医と患者との信頼関係が大切だという。
「医療用麻薬を使うときも、きちんと話をすれば拒否されることはありません」

1病院から地域へ 地域施設と連携した活動も

この週の会議では、21の症例が報告された

緩和ケアは院内だけで完結するものではない。地域への取り組みも始まってる。
県北地域の地域がん診療連携拠点病院がここだけとなると、地域の医療機関との連携が必須となる。2009年、チームは「有明緩和ケアネットワーク」を立ち上げ、近隣に協力を要請。66もの施設が参加する大規模プロジェクトは、県のモデルケースを目指す。

PSW 齊木 ゆかり氏

PSWの齊木ゆかり氏は、今まで病院で対応していたがん患者をどう地域でケアしていくか、「地域全体がチームとなるよう、できることからやっていきたい」と意気込む。今後は地域の医療施設の教育・啓発を進め、在宅看護にも対応した緩和ケアを普及させていく予定だ。
「痛みを取ることは医学の根源」と語る濱口医師。今後のJPAP®の課題でもある一般市民や情報源の少ない地方への啓発が着実に進めば、どんな環境でも緩和ケアを受けられる未来は、きっとそう遠くない。