がんの“イタミ”と闘うプロフェッショナルたち


オレンジサークルの現場から 在宅で、人生を取り戻すために チームで垣根を越える、緩和ケア

File No.005 奈良県立医科大学附属病院緩和ケアセンター・ホームホスピスひばりクリニック
平城遷都1300年祭で盛り上がる古都奈良。市内から電車で南へ約30分のところに位置する奈良県立医科大学附属病院(980床)は、奈良県のがん診療連携拠点病院に指定されている。ここを基盤に奈良県を一つのチームと捉え、地域活動に力を注ぐ姿を取材した。

同病院の緩和ケアセンターには、センター長の古家(ふるや)仁教授を始めとして、身体症状を診る山崎正晴医師と高橋正裕医師、緩和ケア認定看護師の金井恵美氏などが集まる。麻酔科の高橋医師はもともと術後疼痛管理を専門としていた。医療用麻薬の使い方には自信があった。そんな折、教授に声を掛けられる。

「緩和ケアをやってみないか」

痛みの存在を見極めることは、患者のこころに迫ること

緩和ケアセンター医師 高橋正裕氏

最初の患者をいまも忘れられない。腰痛を訴えていた。今までと変わらず鎮痛薬を投与した。痛みは取り除けた。しかし患者の表情が冴えない。なぜだろう。何が問題だろう。とにかく患者の声を聴こう。そして、初めて知った。痛みは“体”と“こころ”の両方に存在することを。「そうか、これが緩和ケアか」

そんな時、電話が鳴った。若き日に麻酔科医として手ほどきをしてくれた先輩森井正智医師だった。

「緩和ケアを始めたらしいな。一緒にやらへんか」
これが “NARA is One TEAM” の始まりだった。

がんだからこそ、諦めない勇気を患者と家族と守っていく

ホームホスピスひばりクリニック院長 森井正智氏

森井医師が当直の晩の、ドクターコール。耐え切れない痛みに苦しむがん患者だった。医療用麻薬を注射すると痛みはウソのように消えた。カルテに処方内容を書き込む。しかし一週間後に同じ患者をまた診ることになる。「なぜ、がんの痛みだけが放置されるのか」偶然にも雑誌で緩和ケアという世界を知り、わからないまま飛び込んだ。在宅を希望する患者。診きれないかもしれないという不安から、すぐにとある施設を紹介した。見学から戻った奥さんが呟いた。「ウチの主人をあそこで死なせたくない」僕が最期まで診よう、そう決めた瞬間だった。

2003年、在宅専門“ひばりクリニック”を開院。一日に20 件を回る時もある。数が多いのは決して良いことではない。しかし森井医師は言う。「信頼関係を作るには時間がかかるんです。患者さんが“緩和ケアはいらない”と考えている時から、我々は必要なんです」

地域看護専門看護師の扶蘓(ふそ)由起氏も心強い味方だ。大学病院時代、入院というシステムに疑問を感じていた。定刻になると「検温です」と起こされる。便意が無くても催促される。恋人にも自由に会えない。どこにもプライバシーが無かった。「治療する場が家でも良いはず」

ホームホスピスひばりクリニック 地域看護専門看護師 扶蘓由起氏

クリニックに勤務し始めた頃、一人の患者と出会った。無口な男性。質問には答えるものの、積極的ではなかった。自分の役割にずっと自信が持てなかった。そんな時、男性が語ってくれた。過去に抗がん剤の副作用で、体の一部が変色してしまったことを。そして「アンタの勉強にしてくれ」とその部分をわざわざ見せてくれた。がんになったことで、患者や家族は想像すらしたことのない出来事に戸惑い不安に陥る。「たとえ医療の知識を持った他人だったとしても、気をつかう必要のない存在でありたい」

在宅で介護にあたる時、家族が背負う重荷は計り知れないと森井医師は言う。だからこそ、夜間の電話は医師が対応する。だからこそ、患者や家族が望むことは決して諦めない。これがひばりクリニックのチームポリシーだ。

“NARA is One TEAM” 草の根活動で奈良県から全国へ

センターのメンバー・主治医・近隣の開業医でカンファレンスを行う

緩和ケアはがん治療にとってほんの一部だが必要不可欠なツールだと、森井医師は考える。うまく使うことで、痛みやつらさを取り除き不安を整理できる。これからの人生を考える時間を生み出せる。県民に広く伝えたい。そこで高橋医師と始めたのが、“草の根”的な市民公開講座。がんになった時のために、気のおけない仲間を作っておこう。この活動が高く評価され、JPAP®オレンジサークルアワード2010で見事に最優秀賞を受賞した。

大学病院と在宅医がしなやかなタッグを組み、奈良県全体が一つのチームになる。声が掛かればどこでも飛んでいき話をする。まるで朝一番に囀(さえず)り飛び回る“ひばり”のように。